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続く 学校給食 米飯製造過程での異物

2017/07/20 18:05
1学期終了まで間に合わないのでは?

米飯にカビが混入した市内の学校給食の代わりに、家庭から米飯を持参しなければならなくなった岩見沢市の学校給食、依然として 米飯を持っての登校は解消されないようだ。
 どうしてこの様なことになったのか抜本的な解決策が必要だ!

 18日朝刊と20日の朝刊の報道を以下に載せます。

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どうして直らないのか、岩見沢市の体質 その3

2017/07/14 17:14


ここ1〜2ヶ月の報道で報道さられた岩見沢市の体質。

 

 松野市長は、1期目でも市役所改革を訴えたが果たせなかった。2期目の立候補に際しても、自治体経営分野では「信頼確保・向上へ、職員の意識改革に継続して取り組む」ことを盛り、不祥事が相次いだ市の体質改善を図る意志を明確にした。
 はずであったがこれと全く反対の方向にむかっている。

 何回かに分けてこの関係について掲載しようとしていたが、突然おきた給食のご飯に異物混入2回にわたってこの事に触れたが、さらに続編が 12日の道新朝刊、そして今日、14日の道新朝刊に記事が載った。先ずはこの事について。
 記事の内容を載せます。

先ずは12日の朝刊

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14日の朝刊

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現場の、保護者からもどうなっているのだとの声が出ています。


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どうして直らないのか、岩見沢市の体質 その2

2017/07/13 11:12
ここ1〜2ヶ月の報道で報道さられた岩見沢市の体質。

 

 松野市長は、1期目でも市役所改革を訴えたが果たせなかった。2期目の立候補に際しても、自治体経営分野では「信頼確保・向上へ、職員の意識改革に継続して取り組む」ことを盛り、不祥事が相次いだ市の体質改善を図る意志を明確にした。
 はずであったがこれと全く反対の方向にむかっている。

この内容で前回ブログを書いて、続きを・・と思っていた矢先7月11日道新夕刊は次の記事を報道した
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さらに翌日の朝刊に「提供中止のみ公表」疑問の声
と言う見出しの大きな記事が 報道された
この件は次回のブログに載せます。
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どうして直らないのか、岩見沢市の体質

2017/07/11 16:55
ここ1〜2ヶ月の報道で報道さられた岩見沢市の体質。

 

 松野市長は、1期目でも市役所改革を訴えたが果たせなかった。2期目の立候補に際しても、自治体経営分野では「信頼確保・向上へ、職員の意識改革に継続して取り組む」ことを盛り、不祥事が相次いだ市の体質改善を図る意志を明確にした。
 はずであったがこれと全く反対の方向にむかっている。

公約は、なんであったのか有権者はしっかりと考えるべきである。
ここ1〜2ヶ月私の所に色々と訴える方々が訪れている。

道新の報道についての話が主であったが

次の記事も話題の1つであった。


その1「道新記事より」

18日に行われた市発注の中央小移転新築工事の入札に関し、機械設備工事の談合情報が北海道新聞社へ寄せられた問題で、市は事前調査しないまま入札を実施した。岩見沢の大型公共工事を巡る談合情報はこれまでも寄せられてきたが、市は報道機関からの情報提供には応じない姿勢を貫く。一方、道庁などは報道機関からの匿名情報でも調べており、対応に大きな差がある。(川口浩平)
 「たとえ報道機関に実名で情報が寄せられていても、身元を明かしてもらわないと対応できない」。入札を扱う市企画財政部の幹部はこう繰り返した。市が2002年度に施行した対応要領によると、調査に乗り出すのは情報提供者が氏名と連絡先を明らかにした上、工事と落札予定者を示した場合だ。
 提供者が匿名の場合は、工事と落札予定者に加え、《1》落札予定額《2》談合に関与したとされる業者《3》談合が行われた日時および場所《4》談合の方法―の二つ以上を示すことなどを条件とする。
 だが、情報源の秘匿が原則の報道機関にではなく、実名で役所に情報を寄せるケースは考えにくい。実際、ここ数年、市にはほとんど情報が寄せられていない。
 昨年度の岩見沢地区消防事務組合庁舎移転新築工事入札に際しても北海道新聞社に談合情報が寄せられたが、同組合総務課は「市の対応要領に沿って調査はしない」とし、情報通りの業者が落札した。
 一方、年度に対応手続きを制定した道庁は、匿名でも工事と落札予定者が示されれば調査している。
 空知総合振興局には12年度、林務関係と農業土木関係で計5件の匿名による談合情報が寄せられ、いずれも調査を行った結果、3件の入札を延期した。道の入札監視委員会を所管する行政改革局によると、報道機関から情報提供があった場合は、報道活動に支障のない範囲で情報の出所を聞いた上で調査を行っている。道庁にも毎年複数の情報が寄せられており、「調査要件を満たす場合は、すみやかに公正取引委員会や警察署などに報告書を提出している」(同局)という。
 空知の主要都市の一つ、滝川市も談合情報が寄せられた場合は提供者の身元を確認することにしている。同業他社が嫌がらせで信ぴょう性の低い情報を流す場合も考えられるからだ。報道機関からの情報提供は内容を吟味するが、「匿名でもまるきり放置することはない」(財政課)という。
 岩見沢では、ここしばらく大型公共工事の落札率が高止まりし続けている。せめて道庁などのルールに沿って改善できないものか。

少々記事の引用が長くなったので、今回はこれで論評は次回にしたい、

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かわい清秀同窓会多くの方の参加ありがとうございます!

2017/02/28 18:28
参議院議員「はちろ吉雄」さんと多くのご来賓の皆さんありがとうございます

6月10日岩見沢市ホテルサンプラザにおいて沢山の方々にご参加頂き、とても盛大に「かわい清秀同窓会」新年会を行う事が出来ました。

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実行委員長挨拶

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鉢呂さんと共に



今までの「かわい清秀」の選挙を応援して下さった方々から、このままで散り散りに成らないで絆を深めていきたい。その為にも新年会を行いたいと言う多くのご意見を頂き新年会を行う事としました。



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会場スナップ

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ほんの少人数でと思い企画して、いざ行おうと声がけを行いましたところどんどん輪が広がり150人を超す方々から参加したい、参加するとのご返事を頂きました。

新年会の後、参加したかったのにという声も数々頂きました。
今回は実行委員会形式で行い江本勝典さんが実行委員長として先頭に立って頂きました。

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定番きよしのズンドコ節



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ズンドコ節を背景に「かわい清秀」

今後は各種行事を「新しいいわみざわを考える会」で行う事としました。
また「新しいいわみざわを考える会」では数々の行事を考えておりますので各種行事への参加をお願い致します。
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小学校6年生までの通院医療費ついに無料へ

2017/02/26 23:07
小学校6年生までの通院医療費ついに無料へ
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河合の選挙公約実現へ

もっと市政にかわいの公約を取り入れて下さい、市民のためです。Photo

市長選挙時松野選挙陣営から、実現不可能な公約だと批判された

小学校6年生までの通院医療費無料化がこのたび来年度予算に計上されていることが発表された。(北海道新聞2月17日)

市長は10月4日の市議会においても

小学生の通院医療費無料化の質問に対しても、市長は一年に5,000万円必要である。との答弁を行い。
再質問に対して、1年に5,000万円10年間で5億円ですよ。との答弁で。
全く無駄な出費だと言わんばかりだった。

これは私のフェイスブックにも発表しているが。

どのような理由で変心したのか分からないが。

議会での市長の答弁は、もっと重みのある答弁にして、しかるべきだと私は考えるが。

しかし、とにかく市民のためには良いことであると私は考える。

批判しておきながら、の点については今後論評しようかとも思うが。









中古車情報/カーセンサー公式
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政策ビラ1号

2016/09/10 16:36
政策ビラ1号

人口減対策重い腰を上げるかどうか

私の政策ビラ1号です。

多くの方に見て頂くために。ブログに載せます

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数々の激励を受けました

2016/09/10 16:20
翌日にまた頑張って下さい!の声も

4日の投開票日から7日目となりました

フェイスブックでは数々の 記事をあげていましたが
このブログでは初めてでしたね
皆さんにお伝えします。


開票日の翌日、事務所の片付けの真っ最中に

1本の電話が鳴りました、
住所氏名を名乗り、かわいさんに、また頑張って下さいと伝えて下さい!


各所から沢山の声が聞こえてきました。

「市民と、かわい市長で新しい岩見沢のみらいを創りたかった」

「あんなにいい政策は市民の希望だった」

「松野市長もかわいさんの政策を無視できなくなる!」

「素晴らしい事をやってくれてありがとう!」

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「かわいさんに投票した人達は、市の無策に対する対立軸を打ち出した

河合さんの 創る目標を 共に創りたかったのだ」


「小学校6年生までの通院治療費無料化の実施に期待していたのに

とても残念だ」


「障害者の事を考えない、市の現状何とかしてくれると思ったのに」


等々の感想が私の耳にもう入っています。


私は諦めません、政治活動を続け私が掲げた政策の実現のために

市民の皆さんと共に、支持して下さった皆さんが、

失望して政治不信に陥らないように、実現のために


あきらめないで、これからも先頭に立って進んでいきます。

こんなことであきらめない!







無料オーラ診断/受付中
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コンパクトなまちづくりを進めた、現市政!

2016/08/29 06:05
市はコンパクトなまちづくりをすすめた
人口推計をそのまま鵜呑みにした、人口減少社会を迎えるにあたって、持続可能なコンパクトなまちづくりを進めています。
と平成25年7月の「広報いわみざわ」は述べています。

広報岩見沢平成25年7月号http://www.city.iwamizawa.hokkaido.jp/ikou/i/kouhou/1307/book/h25-7-p04.pdf

この時期市長は「コンパクトなまちづくり」をを連発していました。

人口減少ありきのまちづくりをすすめた結果が、人口減少を加速させました。
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かわいの政策見て下さい!

2016/08/27 07:11
かわい清秀の政策です!

これでいいのか岩見沢!今なら間に合う市政の改革!

将来を見据えた政策をどうして作れなかったのか。大きな疑問です!

将来の岩見沢を、市民の皆さんとともに作り上げます。

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ご先祖様有り難うございます

2016/08/14 19:22
常照寺の納骨堂にお参りに

今日は多忙の中栗沢砺波の常照寺にお参りに行きました。

選挙に出馬することと、先祖のご供養に参りました。

父母、祖母、祖父それに

母方の曾祖父高田吉良平さんに

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吉良平 じいさん お願いします。

120年前に、常照寺を建てに渡道したひいじいさん

伝え聞くところによると、明治の東本願寺の再建では副棟梁として活躍した

吉良平じいさんに、あなたの渡ってきた大地に

ひ孫は花を咲かせていますと、私が代表して伝えました。


選挙に出るからお守り下さいとも

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立派に成長した あの子!

2016/08/05 23:07
10年くらい前に、私の事務所の入り口に

「トイレ、お貸しします」の張り紙をしていました。

ある日1人の 少年が「トイレ貸して下さい」と言って入ってきました。

私は、「どうぞ」と言って、彼はトイレを借りて

ジュースを飲み、おやつを食べ帰っていきました。

何回か家に帰るバスに乗る前に、彼は事務所に寄りました。


事務所が近くに引っ越してからも偶然に彼はトイレを借りに来ました。

それから10年近くもなった 今日 彼が開設間もない私の事務所に現れたのです。

すっかりいい青年になっていました。


私が市長選挙に出ることが分かって訪ねてきたのです。

私と妻が残っていた事務所に顔を出した彼が言いました

「分かるかい」

少年時代の面影を残した青年が立っていました。

トイレを借りていた彼が立って居るではありませんか。

近くの知的障害者授産施設での仕事の帰りだと言うのです。


とても嬉しかったのです。あの子がこんなに大きくなって。

トイレを貸してくれたおじさんの一大事、市長選挙に出ている

おじさんを激励しようと言う心が読み取れました。


高等教育を受けながらも、平気で人をだます人間が多い中で

私はとてもさわやかな感じと、大いなる感動をしました。

今日もいい日でした・・・・・・・・
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市長選挙に立候補を表明

2016/08/04 07:30
立候補を表明

河合清秀は7月31日サンプラザホテルにおいて記者会見を行い、岩見沢市長選挙に立候補をすることを表明しました。
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要旨は

無投票で良いのか!
無投票で市長を決めて良いのか!

 多くの皆様からの声が私の背中を押した。
 
   市民と共に

 あたたかく、やさしく、住みやすい

             街づくりを

 地元での雇用拡大、若者の定住をすすめる。

詳細な政策は後日アップします。

無所属で、日にちもないまま、市民の力が頼りです。

宜しくお願いいたします。
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恵庭事件の野崎さんの講演

2015/10/06 22:44
レジエンド野崎健在・・・・恵庭事件の当事者の講演を聴きました



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自衛隊と果敢に闘った恵庭事件の当事者尾崎さんは当年80歳です。しかし年齢を感じさせない講演でした。

当時をこう振り返り語ってくれた

 昭和30〜32年  米軍はジェット機の騒音被害謝罪・補償を行った

しかし  
 昭和33年以降  自衛隊ジェット機、大砲の近代化、大型化に騒音が拡大
 
 さらに戦車の演習による演習場の荒廃により当牧場が発電用及び飲料
用の水利権を持つ湧水に濁水が混入、大雨のたびに生活用水が使えず、同
時に停電がおこる。

騒音による被害データの提出をするも 被害の増大 
      
 防衛施設局から移転の要請も立ち消え 昭和30年には母が精神的ス
トレスで胃潰瘍になって倒れ、父も33年春精神的にダメージを受け札幌
に疎開。

そのため私は33年大学卒業後直ちに、引き継ぎなしに牧場を受け継ぐ
、町は基地交付金をもらっているため、基地公害に強い抗議交渉が出来ず
住民運動をするにも基地の町ではみな腰が引けていて難しい。 

自衛隊のジェット機は私と弟が標的を取り壊すことにより、やっとコースを変更

標的も移動。

大砲について33年頃より、騒音が大きくなる。そのため演習場に行き、
演習中の砲列の前に立ち演習を止めることもたびたび。

道路以外のところを走っている戦車を見かけたときは、前に立ちふさがって追い返した。
 勿論、危険な行為であり、心臓が止まるかと患われるほど怖かったが、
 一家の生活がかかっていたからこそ、命懸けの抵抗をしたのである。

結局、札幌にある北部方面隊総監部に行き第4部長に抗議し、牧場近く
の特定地域では大砲の潰習は行わないこと、雲の低く立ち込めるときは特
に大砲の決菅は取りやめること。また牧場の水利権を侵害する汚水の原因
となる恐れがある地域では道路以外の戦車の通行をしないことも約束さ
せた。しかしこの約束は幾度となく破られた。

 (簸音や泥水の心配のない、平和な牧漸こ戻したいと思いながら)
 事件当日の話

さて事件当日の話をする前に、どうしても乳牛検定の話をしなくてはな
らない。乳牛検定は高品質の乳牛を選別し,種畜牡牛を登録して乳牛の改
良を進めるのが目的である。乳牛の長命性を求めるた桝こ必要な体型審査、
そして乳量・乳質検査の結果、三代続けて成績の良いものはその記録と共
に高等登録牛の資格を得る。そのため対象となる牛の一頭一頭の乳量と乳
質の正確な検査が必要となる。不正を防ぐために,検定員は一カ月に一度、
事前連絡なしに牧場にやってくる。そして朝と夜の乳量と乳質を立会検査
し、それを30倍し、一カ月に換算したものをホルスタイン協会に報告す
る。一日の乳量で一カ月の乳量を推計するので、検定日の乳量が少なくな
ることは、その日の損失ばかりでない。当該牛のみならずその子牛の価格
にも、大きく影響するのである。私の牧譲も当時すでにブリーダーとして、
高い評価を受ける牛群を所有していたので、その影響はとくに大きかった
のである。

 事件の当日、昭和37年12月11日早朝検定員がやってきた。

こともあろうに、検定員の立ち会う搾乳の最中、突然近くで砲音が鳴り響いた。
緊急事態である。弟が大砲の射撃現場に交渉に行き、約束が違う。今日
は検定日だからどうしてもやめるように」と申し入れた。

しかし自衛隊が
聞き入れなかったので、やむを得ず緊急避難を図り、

強い抗議を示すため
に、発射地点と着弾地点を結ぶ連絡用通信線を切断した(先方に与えた被
害額せいぜい数百円)。

これが

翌日、写真とともに新蘭に実力行使の写真とともに記事が載った。
 実力行使後、自衛隊がどう対応してくるか、反応を待ち続けた。
 数日後、北部方面隊総監の声明とともに自衛隊が告訴したのを知った。
新聞に載った総監の声明は、加害者の意織が全くない、驚くべきものだっ
た。

このようにして恵庭事件は始まった

続く
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意味の無い「チーム学校」660人増員要求

2015/08/31 17:07
「チーム学校」660人増員要求 [ 2015年8月25日 朝日]
 
朝日新聞は8月25日表記の記事を載せたが「いじめや」「混乱」」収拾にはならない、と私は考える。
抜本的な少人数学級の実施を!

意味の無い「チーム学校」予算要求

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9月1日2学期を前に小中学生が自ら命を絶っています。2学期が始まってまた学校での各種軋轢に対する不安から生じている、との新聞報道です。

ほぼ全ての問題は学級規模の基準で解決可能です
1学級の定員を学級担任が目の届く子どもの数にすることが先決です。

1学級40人の子どもを1つの教室に入れて行われる教育はすでに20世紀においてOECDでは終了している規模なのです。

私は1980年代にアメリカ合衆国で小学校から高等学校を見学する機会を得ましたが全て少人数学級となっておりました。
2010年フインランドの幼稚園から高校までを見学しましたがこれまた20人学級規模での教育でした。

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根幹の問題(文科省の問題)
文科省は生産点の根本である40人学級を解消しようとせず問題発生

発生した問題を→サポートスタッフや、スクールカウンセラーで解決しようとする


あくまでも対症療法で解決しようとしている。

根本的解決は!

問題発生しない学級規模にする。→30人以下学級にして問題発生を防ぐ。

こうすればサポートスタッフや、スクールカウンセラーを極端に減らす事が可能です。

学級担任は教育のプロです社会もそういう意識で学校の先生を見る事が必要です。

2010年フインランドの教職員と懇談しました。私は英語でフインランドの先生方と話した中で分かった事はフインランドの先生方は他の産業と比較するとそう高い給料では無いがフインランドでの先生方の社会的地位は非常に高いとの話でした。

社会が教育に期待しているという事ですね。さらに教育内容に対して提言することが出来る仕組みとなっている。

 日本の教職員が教育に対して提案、提言できないと比較すると、雲泥の差があるように思われました。

「チーム学校」660人増員要求 [ 2015年8月25日 朝日]
 来年度・教職員定数文科省が方針
 専門人材を増やして教員をサポートする「チーム学校」の実現に向け、文部科学省は来年度の公立小中学校の教職員定数で、事務職員やICT(情報通信技術)専門職員など660人を増やすよう求める。退職教員などのサポートスタッフや、スクールカウンセラーの拡充も目指す。来年度の概算要求に盛り込む。
 660人の内訳は、副校長や事務職員の拡充に410人、養護教諭らに150人、学校司書やICT専門職員など専門スタッフに100人。学校の組織的な教育力の充実を目指す。
 この660人といじめ・不登校の対応に当たる190人を含めい教職員定数全体で3040人を要求した。ただ、来年度は子どもの数の減少に応じて定数が3100人減るっことになるため、要求通り増えたとしても60人分減る計算だ。
今年度の定数は約69万4千人。
 また、これらとは別に、教員以外の人材の充実に向けた補助金を盛り込んだ。スクールソーシャルワーカーを現在の2247人から800人増やしたり、貧困家庭対応のためのスクールカウンセラーの配置校を608校から倍増させたりする。補習や部活動などを手伝う退職教員や教員志望の大学生の数も、1万人から2千人増やす。
                                (高浜行人)
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幌筵島(ぱらむしるとう、ほろむしろとう)で陸軍機が海軍機を撃墜

2015/07/23 13:30
父が語った悲しい話、墜落させられたのは海軍機だった!

 私の父は戦時中カムチャッカ半島の付け根にあたる島、千島列島最北端幌筵島に駐屯していた陸軍工兵隊(要塞建築隊)の兵士でした。

ある日空襲警報が鳴り避難していた上空に1機の大型の飛行機が飛来してきた。

この飛行機が幌筵島を爆撃しようとしていると捉えたのか陸軍の戦闘機が離陸し上空で大型機の前に立ちはだかった。

大型機はその時反撃の機銃も撃たず、主翼を上下に振る動作をしながら飛行を続けた。

何回も何回も主翼を振って飛行を続けた。

しかし、陸軍の戦闘機は容赦なく戦闘機から機銃を撃ち続けた。

ついに、大型機は陸軍の戦闘機に撃墜させられた。

避難していた兵士達は「やった!やった!」と大いに喜んだそうだ。

しかし程なくして撃墜された飛行機は海軍の飛行機だったと言うことが伝わってきた。

「かわいそうなことをしたものだ」「なぜ翼を振る動作を見て友軍機と判断できなかったのだろう」

とよくこの話をしていました。父は3年前101歳で亡くなりましたがこの話は戦時中はたぶん公式には記録されていたのかどうか、撃墜された海軍のパイロットや乗務員のご遺族には知らされていたのか、たぶん真実は知らされていなかったと思います。

きな臭くなってきた世相を見るにつけ、父が気にかけていた真実を語ることも私のつとめと考えここに発表する次第です。

父 は昭和18年から20年まで幌筵島にいました。
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久田栄正著 戦争と私

2015/06/30 14:57
ルソン島における生と死

久田栄著 戦争と私

あとがき さいごに

の全文です。京都大学法学博士 久田栄正さんと3人でお会いした時直接先生からいただいた本です。平和の尊さを語り扉に 反戦平和 の文字を書いて下さいました。
今の時代にもぴったりの後書きです。


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 さいごに

 本手記は、私の戦争体験を語り伝えるということよりも、過去の戦争体験の愚を再び繰さないように少しでも役たてばと思って書いた。
 さいきんしきりに大臣達が、中学生の修学旅行のようにぞろぞろと靖国神社に参拝しているが、果して、そんな大臣達の行為で、戦争で死んでいった兵隊達はうかばれるだろうか。
軍隊は、戦争が最高潮のときは、軍隊全体が高く評価され、将校から二兵卒まで称讃され、その武勇をたたえられて、将軍は、貴族と勲章の数をふやし、兵士は「生命を鴻毛の軽き」においたというので、戦友から「思えば、今日の戦闘に朱にそまって、にっこりと笑って死んだ戦友が天皇陛下万才と残した声が忘られようか」(露営の歌)と歌われ、母親からは、「空をつくような大鳥居こんな立派なおやしろに神とまつられもったいなさよ母は泣けますうれしさにとびがたかの子うんだよでいまじゃ果報が身にあまる金璃勲章がみせたいばかりあいに来たぞや九段坂」(九段の母)と歌われ、息子も人間として生きて行く誇りを棄てて兵士として、死んで行くことを名誉として選んだ。そのため自ら生み育てた我が子の死を身にあまる果報と受けとる無情な母をつくりあげた。
 私達がルソン島に上陸した時は、戦争末期であり、米軍がルソンに上陸したときは、日本軍隊は、既に軍隊として体をなさず、戦力として用をなさなかった。作戦指導者の一人富永航空司令官は、ルソン島に部下を置去りにして逃げ出し、沈没から救助された兵隊は竹槍をもって歩哨にたち、また沈没で部隊本部を失った兵士は、はだしで海岸に放心したよう座っている。指揮官のない兵士、兵器を持たない兵士は身体を弾丸として切込んで行く。一戦ごとに退却を重ねていった。戦力としての機能をうしなった軍隊に国家はなお戦争の続行を命じていた。
 上官達は、自己の地位を利用して、部下をおき去りにしても、何とか生き延びようとしていた(私の大隊長)。戦うべき兵士は、戦意を喪って戦線を離脱し遊兵化していった。敵前逃亡の罪、敵前坑命罪も、兵士達の生きようとする前には何ら権威をもたなかった。こうして戦力でなくなった兵士に戦争を強いる国家から兵士達は離れていった。
 他方傷病兵達は、戦力としては役立たない荷厄介として、国家からどんどん見棄てられ、初めて戦わなくてよい人間として、生きる為の苦闘を始めねばならなかった。
 私の如く戦う任務のない主計や獣医は、敵上陸と同時にあらゆる物資の補給は途絶し、軍馬は、砲爆撃で皆無となり、無用の長物となって荷厄介視されて、部隊にくっついて死の恐怖におののきながら戦う兵士と同じ運命を背負って移動、退却をつづけた。
 私は戦場で幾百幾千の兵士達の死の姿を見た。忠勇無双の軍人としての死ではなく、国家から見はなされ、一人で生きて行こうとして力尺、きて死んでいった。もちろん勇敢な兵士もいた。しかしそれは例外に近かった。大部分の兵士は、国家から見放され、あるいは国家を見放していった兵達であって、彼らは、死に直面して、自分は国家のため、天皇のため死んで行くのだという意識などなかった。私は一度だけ、心にもないことを言ったことがある。それは手記にも書いたように無謀な大隊長の命令に対してのひらきなおりの言葉としてである。
 実際私が戦場で、見聞した限りでは「天皇陛下万才」とか「大日本帝国万才」などいって死んだ兵士は一人もいなかった。直撃弾にあたれば、それをいういとまもなく飛散してしまう。負傷して死んだ兵士は一晩中坤き通して死んでいった。病気や栄養失調で死んでいった兵士は、必ずといっていいぐらい「もうダメです」と人間として死んで行くことを誰れかに伝えて死んでいった。それに、マラリヤの高熱で発狂した兵隊だけが、人間としての本心をいった。彼らは敵機が飛来すると「停戦だ〃‥」=停戦だ〃‥」と戦場をかけ回るのだった。既に、この手記でも「高柳一等兵の死」の所で書いたように、彼は死を前にして、兵士としてではなく人間として「寿司が食べたい」=自分はもうだめです。停戦協定に間に合いません」と述べている。どれだけ、戦争が終って故国に帰って平和な生活を送りたかったか。
 大臣や戦没者の遺族会の人達は、戦場で死んでいったこれらの兵士連の気持ちをほんとにわかっているのだろうか。
 国家は、兵隊達を死に追い込んでおいて、死んだら「英霊だ」「英霊だ」とさわざたてて、国家の為めに殉じた英霊を国家で合杷するのは何が悪いかとひらきなおっている。
そのために大臣や遺族会を組織している人達は、憲法を侵してまで靖国神社国営法をつくろうとし、その下ごしらえとして、大臣だちがぞろぞろと大挙して靖国神社に参拝しているのである。
 しかし、兵隊達は、どんなに戦う兵士であることを忌みきらっていたか、兵士が人間であればあるはどそうであった。早く戦争が終って、故国に帰って平和に生活をおくりたいと念願していた。それが叶えられず無念にも死んでいったのである。その彼らを、いまだに戦った兵士として国家に殉じたとして合祀することは明らかに彼らの意に反する。いま彼らをほんとに慰めるのなら、一人の人間として死んでいったことを認めてやることであり、それが何よりの供養である。
 戦没者をいつまでも国家にしぼりつけ、それを何らかの政治目的に利用しようとすることは、死者に対する冒涼であり、まったく許せない。政府はいつまでも戦没者を国家にしぱりつけておかずに、尊い一人の人間の死として、その霊を家庭に速にかえしなさい。
 いまの憲法では、国を守れないから改正せよとか、国民は、国防に協力すべきだとか、愛国心が足りないとか、国民に説教する、まことに不遜な大臣がいる。この大臣達はほんとに自分のいまいっていることの意味がわかっているのだろうか。
 大臣は、国民が平和に生きて行けるように、どうしたら戦争をなくすことができるか、を考えていればよいので、戦争になったら国民はどうすべきかなど、国民を再び戦争の道具にするような戦争屋の代弁者的発言はやめてほしい。
 戦争は政府の外交の失敗なのであって、政府の失敗を、国民の国防協力心や、愛国心によびかけて国民に尻ぬぐいをさせようとする大臣は卑怯でありただちに退くべきである。                     (この「さいごに」は一九八一年九月記す)
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社会福祉主事任用資格取得しました

2014/10/03 21:04
社会福祉主事資格認定通信課程(社会福祉法人 全国社会福祉協議会 中央福祉学院)を修了しました。

昨年10月から今年の9月30日まで

 社会福祉法人全国社会福祉協議会

 中央福祉学院の社会福祉主事資格認定通信課程を受講し昨日修了証書が届きました。


 この1年間社会福祉に関する学習を行ってきました。

 「社会福祉施設等に勤務する職員として、利用者サービスの専門性・効果性を高めるた
 めに必要な知識や技術を習得する。」事を目的として学習にあたりました。

 お陰様で昨日修了証書が届きました。60歳を過ぎてからの一勉強で、新しい知識を習得することに毎日が楽しくもありました。

 なかでも2月14日から18日にかけての面接授業が心に残ります。

場所は神奈川県三浦郡葉山町上山口富士山がきれいに見える場所でした。

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 この中で私は貴重な体験をしました。

 私が得たことは

@ 福祉・介護の現場には、企業戦士としてバリバリ働いたが何かのことで職場について行けなくなり、ふるさとに帰り福祉・介護職に就いている若者が大勢いると言うこと。

A 優しい思いやりのある若者が多いなと思ったこと。

B すごい大雪で交通遮断がおきてびっくりしたことでした。

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 私が取り組んでいる福祉事業のなかにこんなに多くのすばらしい若者がいると言うことは、世の中捨てたもんではない。

 みらいに希望の光がさした思いでした。

いくつになっても学ぶことはすばらしいと思いました。

修了証書が届いたことで再確認した次第です。

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今年は天気に恵まれました

2014/09/15 20:54
こうして餅をついています

今年の百餅は天気に恵まれました。一俵の餅つきはこのようにして行われました。

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餅を若衆がみんなで持ち上げています。

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杵(きね)がロープにひかれ上がっています


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杵がドスンと落とされ、餅しぶきが飛んでいます。


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縦の通りから、百餅櫓を見ると、こんな感じ。

露天も出て、人で賑わっています。


今年は天候にも恵まれました。
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枯れ木に花が咲きそう

2014/09/14 22:03
枯れた木から枝が出てきた

私の家の庭に

おいしいなしを実らせる一本の梨の木がありました

寒い冬だったのか、春になっても

芽吹かないでいた梨の木でした。

上の方の枝に春一本だけ芽をほんの少し出しましたが

その後枯れてしまいました

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どうにか生き返って・・・と思いながら、切らないでいました。

そうしていると

7月に木の下の部分から枝が出てきました。

願いが通じたのかなと思いとてもうれしく思いました。


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私の未来を暗示しているのかな・・・・・・・・

とてもうれしい気持ちになっています。


だけど、雪の重みに耐えられるか心配です。

スクスクと育っておいしい実をつけて・・・・







しじみ300個分のオルニチン
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